« 神戸・舞子公園の「よさこい祭り」と明石大橋 | トップページ | 「飛ぶ!!」(関 幸一の特選写真集より) »

2014年9月22日 (月)

ポートライナーに乗って、神戸ネットワークセンターのプロップステーションに行ってきました

Image_2


Image_3


Image_4


Image_5


Image_6


ーーーーーーーーーーー


「プロップ・ステーション」
(プロップステーションの竹中 ナミこと“ナミねぇ”の解説文<抜粋>)


プロップ・ステーションの活動を一緒に始めた青年がいるんです。その子はスポーツ事故に遭った元ラグビーの選手、ラグビーの試合中にぶつかりあって首の骨を折ってしまってそれで全身の麻痺になったんですよ。もう寝たきり、指先がちょっと動くのと首が左右にこんだけぐらいっていう状態になりはったわけですから、布団から起きるところからご両親が手伝い、食事から下の世話から全部必要になったんです。要するに全面介護が必要な重度障害者。ところが、そういう身体になったのに、お父さんお母さんに、「僕は何とか残された考える力を磨いて仕事できるようになりたい」って言うたのね。「考える力が残ってんねんから、勉強して働けるようになるわ」って……。お父さん、お母さんは止めなかった。「わかった。働きたいんやったら働けるようになれ」と。「その代わりお前長男やねんから家業を継げ」と、こう言わはった。それで彼はいま家業であるマンション経営をやってるんです。そのための道具にコンピュータを使うんです。彼が磨いた知識は、商売とか経営とか経済の勉強以外にコンピュータの勉強。彼がそういうからだになった当時は、まだほとんどコンピュータはなかったんですよ。ワープロ専用機だけやったときですが、そのワープロ専用機から勉強し、コンピュータに移行し、データベースつくって、きちっと自分のマンション経営ができるようになりはった。その彼と出会ったとき、彼が働きたいと思ってお父さん、お母さんが「やめとき」「無理や」とか言わんと「働きなはれ」と言い、そして彼の身体の動く部分でコンピュータのような科学技術の道具と出会ってやってるということは、きっとそういうこができる人は彼以外にももっといるはずやと思た。だって、それまでにも「働きたい」っていう話をいっぱい聞きましたもん。「できたらこの子もなんぞ仕事もやらしてやりたいんや」っていう家族にも、たくさん会いました。
あとは科学技術、道具やと思たんですね。私、彼に言うたんですよ。

「いろいろな人が障害者と呼ばれた瞬間に、自分のええとこやできるところを発揮できないでいる。だけど君を見てたら、君の意志と家族や友だちと人の応援とそのコンピュータで立派に働いてる。ということは、もしかしたらいままでの福祉とは違う、その人に残された可能性を全部引き出すような、そしてその人が自分なりに納得してもらえるような、そういう日本になるかもわからへんねん」って。そしたら、彼がね「ぜひ一緒にそんな活動をしよう」って言ったんですね。それで、同じ気持ちの人に集まってもらって、活動しようってことになりました。


彼にね「このグループ、どういう名前つけたらええかな?」って聞いたら、彼がね、ニコっと笑って「プロップにしよう」って言うたんですね。「プロップって何?」って聞いたら、また彼が笑って「僕がラグビーやってたときのポジション名なんだ」と言いましてね。思わず「私らラグビーチーム作るんじゃないよ。誇りある君のポジションやったっていうのはわかるけど、私らがやるその活動にマッチングした名前にしやなあかんのちゃうの?」って私言いました。

で彼がすぐに調べたら、プロップという言葉には、“支柱”“つっかえ棒”とか“支えあい”っていう意味があったんですね。プロップっていうポジションがそもそもガードをする中心的なところらしいんです。その“支え合い”っていうの私気に入りました。なんでかっていうとね、いままで世の中、障害を持つ人は支えられる人、障害を持たない人は支える人ってこんなんが常識って言われてた。支える、支えられるの間に線があったわけです。ところが私が彼と一緒に始めようとしているこのプロップの活動は、障害があるとかないとかは関係ないねん。「あんた何ができんの? 何がやりたいの?」「私これ苦手やから手伝ってえや、その代わりあんたの苦手なとこ手伝うわ」みたいなのを国中に広げようとしている。障害があるとかないとか、若いとか年寄りやとか、男か女か、そんなもん関係なく自分にできることを、みんな世の中へ出して支える側にまわろう、無理なとこはその代わり支えてもらおうっていうような関係をね、この日本っていう社会に広げられへんかなぁと思って始めるわけです。だから、「支え合い」っていう意味のプロップという言葉は、ばっちりやねって言って、プロップ・ステーションという名前にしました。


ーーーーー

私は今年の3月まで、(福島県の某中学校で)働いていました。
その後、ぶらぶらしています。
6月には、1ヶ月もブラジルに行ってきました。

今は、・・・

でも、ただ毎日ブラブラするのではなく、何かしたい!こんな私でも、何か社会の役に立つことがしたいと思うようになりました(*^_^*)

|

« 神戸・舞子公園の「よさこい祭り」と明石大橋 | トップページ | 「飛ぶ!!」(関 幸一の特選写真集より) »

コメント

私の娘の親友ユカリちゃんは、23歳で白血病で亡くなりました。何もできなくなった病床でも彼女は最後まで家族や友人に笑顔で応対していました。崩れそうな皆の心をどんなに支えてくれたことかと、今でも笑っているユカリちゃんの顔が目に浮かびます。人はどんな状況に置かれても人を支える力があると信じています。

投稿: ブナ | 2014年9月24日 (水) 23時21分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ポートライナーに乗って、神戸ネットワークセンターのプロップステーションに行ってきました:

« 神戸・舞子公園の「よさこい祭り」と明石大橋 | トップページ | 「飛ぶ!!」(関 幸一の特選写真集より) »